2011年03月07日

大島優子 高画質画像・写真・壁紙806〜810

大島優子806 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子807 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子808 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子809 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子810 高画質画像・写真・壁紙
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[AKB48時代]
{2006年}
2月、それでも夢はやはり諦めきれずラストチャンスだと思い、AKB48の追加メンバーオーディションを受ける。結果は合格した。3日後ぐらいからレッスンが始まり、高校が終わった後に東京まで来てレッスンし、終わった後に栃木に帰るということを繰り返していた。送り迎えは父がしてくれて、お弁当なども作ってくれていた。
レッスン中からメンバー同士の戦いは始まっており、とにかくダンスを早く覚えた者が勝ちみたいな状況だった。2人1組でペアのレッスンがあったが、大島はダンスの上手かった梅田彩佳と組み、なんとか盗んでやろうと考えていた。それほど必死だった。「スカート、ひらり」というユニット曲があるが、その5人に選ばれるのは、運営に認められるという事だったので、どうしても自分も入りたいと思った。そして自分も選ばれた時には、親に報告したほどだった。その後、梅田とは一時期一緒に住んでいた事もある。
チームKと言えば結束力の高さや、仲間意識の強さが有名だが、最初はみんなほとんど口をきかなかった。ライバル意識が強く、いろいろな事が積み重なり、みんなフラストレーションが溜まっていた。そしてデビューの前日には、秋元才加と大堀恵の大喧嘩も起こった。
4月1日、2期生で結成されたチームKのメンバーとして劇場公演デビュー。初日こそ満員となったが、じょじょに客数は減っていった。デビューのセットリストはチームAが前日まで使用していた物だったため、ファンも複雑な思いがあり素直には受け入れられなかった。むしろ酷評されたとも言っていいほどだった。バラバラだったチームKのメンバーは、どうすれば良いかを毎日話し合いをするようになった。それから互いに打ち解け合うようになった。
5月25日、板野友美のアンダーとして、チームAの公演に出演。KのメンバーがAの公演に出演したのは初。
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