2011年03月07日

大島優子 高画質画像・写真・壁紙816〜820

大島優子816 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子817 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子818 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子819 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子820 高画質画像・写真・壁紙
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[AKB48時代]
{2007年}
3月、高校を卒業し、東京で一人暮らしをはじめた。そして小学生以来会っていなかった母親と再会した。その後、ちょくちょく会うようになり、どんどん尊敬するようになった。
4月、3rdシングル『軽蔑していた愛情』のPV撮影で、久しぶりに演技をする事に。今まで歌やダンス、MCをやってきたが、やっぱり自分は「演技がしたい」と再確認した。そして本気で女優になろうと決意した。
{2008年}
10月、10thシングル『大声ダイヤモンド』が発売。センターは、結成されたばかりでまだデビューすらしていなかったSKE48の松井珠理奈が務めると聞かされた。正直、「こいつはなんだ?」と思った。大島は選抜メンバーの20名には選ばれたが、フロントメンバーからは外された(衣装は制服がモチーフになっており、前列にいる10名は上着有りだが、後列10人は上着がなくシャツ。大島はジャケット無しだった)。実はこの曲の少し後に1期生が大量に卒業し、5期生など研究生あがりが重用されるようになってきた。AKBの中でもいろいろと変化の起こった時期だった。大島と同じく同期の秋元才加もフロントからは外され、2人で「とうとう来たよ、世代交代」と思った。でも珠理奈の存在は、逆にやる気を奮い立たされた。まだまだ負けてられないと思い、狂った様に頑張った。
11月29日、急性虫垂炎になり入院。手術を受ける。
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