2011年02月05日

大島優子 高画質画像・写真・壁紙646〜650

大島優子646 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子647 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子648 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子649 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子650 高画質画像・写真・壁紙
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[人物]
キャッチフレーズは「目で負かし 心で伝える 変幻自在のエンターテイナー」。ちなみにデビュー時は、「キラリ☆ピュアな瞳のコリンこと、大島優子です」。その後「変幻自在のビー玉アイランド」など。
ニックネームは無し。昔のキャッチフレーズにあるように「コリン」だったが、リスに似ているから「コリス」に変化。一時期はジャイアン的な性格から「小ジャイアン」を名乗っていた時もある。「コリス」と呼ばれるのは恥ずかしいので、今はやめて欲しいらしく、メンバーは大抵「優子」、後輩は「大島さん」と呼ぶ事が多い。
チームKのエースであり、AKB48中心メンバーの一人。過去にすべてのシングル曲で選抜メンバーに選ばれている(じゃんけん選抜は除く)。
2010年に行われた第2回総選挙で1位を獲得したというファン人気No1のメンバー。
7歳から芸能界で活動しており、2011年現在で芸歴は15年目。AKB48メンバーの中で最も芸歴が長い。
将来は女優を目指すほどの演技派。AKBでもトップクラスのダンスの腕。番組ではMCもこなし、グラビア活動も活発。ユニット「Not yet」ではメンバーを引っ張り、バラエティではモノマネから変顔まで披露する。

大島優子 高画質画像・写真・壁紙641〜645

大島優子641 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子642 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子643 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子644 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子645 高画質画像・写真・壁紙
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[人物]
キャッチフレーズは「目で負かし、心で伝える、変幻自在のエンターテイナー、大島優子です」。
座右の銘は「十人十色、己を信じ精進せよ」
スノーボードが好きで、9歳の頃から滑っており、マイボードとマイウェアも持っている。
高校時代にはバンドを組んでおり、パートはベースであった。
クオーターである(父親が日本人、母親が日本人とアメリカ人のハーフ)。
小学校卒業後栃木県に転居するが、その直後に両親が離婚し父子家庭で育つ。母親とは高校生の時に再会し、「絶対に天狗になるな。いつも謙虚でいなさい。」と常々言われている。
実家は寿司屋である。
『嗚呼!バラ色の珍生!!』にVTR出演したことがある。
小学校3、4年生からゆずのファンであり、ゆずの地元である横浜市にも足を運ぶほどである。好きな楽曲は「心のままに」、「傍観者」。2010年6月22日放送のラジオ番組『ゆずのオールナイトニッポンGOLD』では「GOLDファミリー」と称された。
3歳上の兄がいる。
酒好きを公言している。その中でも梅酒を愛飲しており、ロックで6杯ほど飲んだことがある。
大のスニーカー好きで、特にナイキを好む。
この世で一番風船が嫌い。風船を見るだけで涙目になってしまうほど。
ニワトリの鳴きまねと変顔が得意。2010年12月時点ではレニー・ハートの入場コールのものまねを練習中である。
爬虫類が好き。
ダッフィー集めをしている。
2011年1月28日、第5回ブライダルジュエリープリンセスを受賞した。

大島優子 高画質画像・写真・壁紙636〜640

大島優子636 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子637 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子638 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子639 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子640 高画質画像・写真・壁紙
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[AKB48時代]
{2011年}
1月5日、Ameba芸能人ブログで、念願の1位を獲得。これまでは前田敦子と競って2位に甘んじていた大島だが、これからは「ってなわけで調子ノッて、なるべくたくさん更新しようと思います」と三日天下にならぬように、1位を死守するつもりだと決意を新たにしている。
1月21日、「リクエストアワーセットリストベスト100 2011」2日目。新ユニット「Not yet」の結成を発表。メンバーは大島、北原里英、指原莉乃、横山由依の4人。大島「最初ユニット結成を聞いたときは、正直、不安のほうが強かったのですが、由依もメンバーに入ったことで、自分もまた新しい可能性を見つけることができるんじゃないかなと思いました。今は楽しみな気持ちでいっぱいです」。
1月23日、AX最終日。全384曲の中から第1位に選ばれたのは、大島が初めてセンターを担当した『ヘビーローテーション』だった。「すごく嬉しかったです。『優子がセンターだからって選んだわけじゃないし』って思ってる人だっているだろうけど、すいません、喜ばせてください」と喜びを報告した。
1月22日に公開される『DOCUMENTARY of AKB48 to be continued』では、AKB48からの卒業について、「19歳くらいからずっと考えてます」と語っている。タイトルにある10年後については、「売れなくても地味にお芝居をしていられたら」。また、つい最近「Not yet」の結成が発表され、大島はメンバーをけん引する役回りを今後も求められ事になった。これでは、なかなか映画界からのラブコールに応える時間的余裕はなさそうだ。それでも、「あせらず、ゆっくり時期を待ってという感じですよね」と本人はどこまでも自然体だった。

大島優子 高画質画像・写真・壁紙631〜635

大島優子631 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子632 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子633 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子634 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子635 高画質画像・写真・壁紙
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[AKB48時代]
{2010年}
10月17日、22歳の抱負を聞かれ「21歳は激動の年だったな。色んなことが変わりましたね。人生が変わった!っていうくらいだったので、22歳はゆっくり変わっていければと。もっと慎重に、大人として、そして女優として着実に歩んでいければいいなと思います」と答えた。
総選挙を振り返って。大島「来年は誰が1位になるかも分からない。だから過去2回の総選挙では『その時の人気ランキング』っていう感じ。それにいつCDの売れ行きが悪くなっていって、まったくテレビに出なくなっちゃってるかもしれないし。私とか麻里ちゃん(篠田麻里子)は、いなくなっちゃったりしてるかも知れない。だから新しい世代の後輩たちが頑張ってくれればいいなって思う。でも後輩たちを見ていると、劇場公演に対しての気持ちをもっともっと強く持って欲しいというのはある。旧チームAのステージに対しての執念だったり、私たち旧チームKが『チームAに負けるな!』ってステージに立つことが目標だったり…っていうステージへの“思い”というか、そういう気持ちがそれぞれを成長させてくれると思うので。一番大切なところを守って欲しいし、積極的に築いていってほしい」。
前田敦子に対して。「今回の総選挙はあくまでも『ヘビーローテーション』のセンターを決めるっていう選挙。やっぱりあっちゃんは“AKB48の顔”っていう役目はあるんですよ。でも『ヘビーローテーション』のPVとか番組、撮影の時に関しては、“AKB48を背負うプレッシャー”みたいなものを、少しは私に預けてくれているのかなっていう風には思ってますね」。
「世間では世代交代なんて言ってるけど、交代なんてした訳でもなく、世代があった訳でもない。あの時、あの瞬間は、自分自身身震いしたし、劇的に感じたけど、私たちの関係は今も昔も何一つ変わっていない」
11月10日、DVD『君は、僕のもの』を発売。
12月4日、FNS歌謡祭に出演。この番組はそうそうたるアーティストが出演し、その前で歌を披露する事になるため、高橋によると、普段緊張しない大島も手が震えていたとか。
12月8日、AKB48が5周年を迎えて。「私がAKB48に入ったのは、AKBが発足してから4ヶ月後のことで、チームKのメンバーとして加入しました。AKBがどんなグループなのか、どうゆう活動をしていくのかがはっきり見えていない状態で、1ヶ月のレッスンを一生懸命にやっていたと思うと、『おそれ知らずだな』と思います。こんにち在籍しているメンバーも、『よく、疑わずにここまで一緒にAKBで活動してきたょな〜』って思います。その時は本当に必死で、がむしゃらに毎日のレッスンと劇場公演に励んでいました。少しでも雑誌に出れるものなら大喜び。そして毎日公演を行うことの喜びを噛み締めて、メンバーとぶつかったり分かち合ったりしていました。5年後に『国民的アイドル』なんて呼ばれるとは到底思えませんでした。辞めなくて良かった。そう思います。でも『ここまでこれた』なんて思いたくなくて、私達には、もっと大きな夢があります。その、大きな夢を叶えるために、5年前と変わらず精進していきます。だから、変わらずに応援し続けてください」

2011年02月04日

大島優子 高画質画像・写真・壁紙626〜630

大島優子626 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子627 高画質画像・写真・壁紙
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大島優子630 高画質画像・写真・壁紙
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[AKB48時代]
{2010年}
8月24日、写真集『君は、誰のもの?』の発売記念イベントで取材に応じ、「センターにいることに慣れない感じや、どんなスタイルでいればいいのか迷っちゃった」と、最近ずっと悩んでいたと明かした。しかし秋元康から「結局は自分と自分の戦い」といった助言や、「大島がセンターだから“ヘビーローテーション”の歌い出しの『ワン、ツー、スリー、フォー!』っていう掛け声を入れたんだよ」って言ってもらえて、すごく嬉しかった。それで「慣れる慣れないじゃなくて楽しもうって思えたんです」。センターの重圧に悩んだ時もあったが、「本当に嬉しくて、これを全うできなきゃ損! 張り切って前に出るのも嫌だし、自分らしさがなくなるのも嫌。センターを楽しもうと思うし、自分っぽさを出せればいい」と吹っ切れた表情を見せた。
ムチャぶりドッジボールでは、驚異の撃破率を誇り、数々のメンバーを血祭りに上げてきている。大島本人がアウトになったのは、峰岸にヒットしたボールが大島にも当たってアウトになったという巻き添えのみだったが、増田有華に撃破され2度目の恥ずかしメイクとなった。
今まで、どんな身体を張る仕事でも「NO」と言った事は無いが、『週刊AKB』で激辛料理を食べて号泣してからは、まったく食べられなくなった。「あれ本当にヤダ。なんかね、ムカツクの存在が。だからあれを食べてから、辛い物食べれない。大っ嫌いになっちゃった」。
じゃんけん選抜について。「正直発表された時は『えー!?』って思いましたけど、その隣で、まだ一度も選抜を経験していない子たちがすごく喜んでいるのを見て、『これもありなんだなぁ』と。この子たちがじゃんけんに勝って選抜に入ったら私も嬉しいな」。結果は指原莉乃に1回戦で敗北し、初めての選抜落ちを経験。
10月9日、『AKB48東京秋祭り』でお披露目されたNMB48の感想を聞かれ、「元気が良い。(年齢差は)従兄弟ぐらいだと思いますけど。SKEでさえもまだ全然把握できてないので。もうオバチャンになっちゃったんですよ。みんな同じ顔に見える。あれだね“お局”。早く抜けないとね。みんな(若い子の)芽が出ないから」。
「メンバーはライバル同士なのに、結束する事など出来るのか?」。大島「すべてはAKB48のために。これが全員の原動力になっている。もちろんメンバーの中で目立つ事も大事、個人の仕事が入ってくるのも嬉しいけど、それによって得た知名度はぜんぶAKBの知名度、成功に繋がる。だから(ソロ仕事をやっているけど)脱退はしたくないし、いつまでの制服が似合うように髪を黒くして頑張ります」。
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